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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)10803号 判決

原告 結城迪哉

右訴訟代理人弁護士 山田有宏

被告 藤原喜助

右訴訟代理人弁護士 平井直行

同 古田修

主文

被告は原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和四三年四月一〇日以降完済までの年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文の第一、二項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一  被告は、原告所有の東京都練馬区春日町一丁目二、三一三番一二所在の宅地七五・四〇平方メートルとその地上建物木造瓦葺二階建居宅一棟について昭和四二年六月二日に任意競売の申立てをなし、昭和四三年三月に自ら競落人となったのであるが、同年四月五日の右競売手続における配当手続終了の際、原告に対し、右競落物件について所有権移転登記が終了すると同時に見舞金として五〇万円を原告に支払う旨を約した。右の登記手続は同年四月九日に終了した。

二、よって原告は被告に対し、見舞金五〇万円及びこれに対する弁済期の翌日たる昭和四三年四月一〇日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、抗弁に対し、「被告が原告主張の約束手形三通を振出したことは認めるが、被告は右の競落により原告に対する全債権の満足を得たのであるから、原告には右手形金の支払義務がなく、然らずとしても、本件の契約に際して被告は、原告に対する債権の残額があっても一切それを放棄して現実に五〇万円を支払う旨約したのである。従って、右いずれの点からしても、被告主張の相殺は許されないものである。」

と述べ(た。)

証拠≪省略≫

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因事実を全部認め、抗弁として、「被告は、原告の振出にかかる別紙手形目録記載の約束手形三通を所持し、この合計六〇万円の約束手形金債権を有していたが、昭和四三年七月八日到達の書面で、これと原告の本訴債権とを対当額において相殺する旨の意思表示を原告に対してした。よって原告の本訴債権は右相殺によって消滅した。」と述べ、これに対する原告の主張事実を全部否認し(た。)

証拠≪省略≫

理由

請求原因事実の全部と抗弁事実のうち原告が被告主張の約束手形三通を振出したことは当事者間に争いがなく、その余の抗弁事実も原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

そこで、原告が主張するように、本件の見舞金支払契約をした際、原告に対する債権の残額があっても一切これを放棄し、現実に五〇万円の支払をする旨被告が約束したのかどうかについて判断する。前段の債権放棄がなされたとの事実を直接に証明する資料は何も見当らないが、後段の点に関しては、≪証拠省略≫を綜合すれば次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、訴外北海道拓殖銀行又は東海銀行のいずれかに対して負担していた二〇〇万円の債務について代位弁済を受けた分とこれとは別の数口の借受金二〇〇万円との合計として元金だけで四〇〇万円の債務を被告に対して負っていたが、右数口の債務二〇〇万円のうちの相当部分は当初の元本に対する比較的高率(月四分ないし五分)の利息が後に元金に組入れられたものであること、

(二)  被告は、右の債権担保のために設定された抵当権に基き、前記の土地建物に対する任意競売の申立をしたが(東京地方裁判所昭和四二年(ケ)第四二四号事件)、右(一)後段の事情があったのと、当該の土地建物を自ら競落して他に売却すれば、債権額を全額回収できる見込であったため、原告が債権額を争うなどの異議申立をせずに競売手続の進行、終結に協力するならば、原告に対して五〇万円の見舞金を支払う旨、昭和四二年の一〇月頃から約束していたこと、

(三)  かくして本件の契約が成立したのであるが(この事実は当事者間に争いがない)、その契約書の文言は、

(1)  甲(被告)は、昭和四二年(ケ)第四二四号、申立人藤原喜助、債務者結城迪哉の不動産競売手続終了見舞金として乙(原告)に対して金五〇万円を支払うことを約する。

(2)  右金員の支払いは前記不動産の登記簿における所有権移転と同時に乙代理人(住所略)弁護士山田有宏宛に持参又は送金して支払うことを約する。但し、支払時期に関しては、甲、乙合意の上猶予することができる。

(3)  乙は、右競売手続に関して一切異議を述べないことを約する。

(4)  後日のため本契約書二通を作成し各当事者がこれを保管する。

というものであること、

以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫

債権放棄の点を直接裏付ける証拠がないこと先に判示したとおりであるが、右の各認定事実からすれば、被告としては、右の競売における自己の競落とこれに続く物件の売却によって全債権の満足を計り得るものと考え、従って本件契約の時までは残債権の行使などは念頭になく、本件契約の五〇万円を現実に支払う意思であったこと、又原告側としてもそのような前提と期待のもとに異議権の放棄を約したのであることを推認するのに充分であり、黙示的にもせよ両者間にこの五〇万円が現実に支払われるものとする合意が成立したといわなければならない。この合意は、民法五〇五条二項にいう「反対ノ意思ヲ表示シタル場合」に該るものとみるのが相当である。それ故、被告主張の相殺は、自働債権が原告主張の競落による満足又は放棄によって消滅したか否かを問わず、相殺禁止の特約により許されないものである。

よって、原告の請求は理由あることになるから、これを認容して被告に対し見舞金五〇万円及びこれに対する約定弁済期の翌日たる昭和四三年四月一〇日以降完済までの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を命ずることとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小林啓二)

〈以下省略〉

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